当たり前ですが、火尖は俳号です。本名ではありません。
今日は俳号の話、俳号といえば、子規虚子、赤黄男、秋桜子、白泉、三鬼、あまり、草城などの、雅号っぽいのと、龍太、幸彦、直毅、ゆう子、敏雄、寛也などの本名系があります。現在では、若手を中心に後者の本名系が大勢を占めております。雅号系なんて流行らないんです。
しかし、私、火尖はご覧の通り雅号系です。だからといって時代に逆らうロックな男というわけではないんですが、ロックな魂は持ち続けようと思います。
まぁ実際俳号なんて、句を作る上では何の役にも立ちません。飯田龍太は俳句は無名がよろしいといいますし、藤田湘子の句に、
ゆくゆくは我が名も消えて春の雪
というのがあります。
じゃあ俳号は不要か?俳号にこだわるなんて意味のないことかといえば、尖は違う!といいます。
もちろん、俳号が良かったって直接いい俳句には結びつきません。有名俳人の句は出来が悪くても弟子や周りが勝手に褒めますが(この話題は第二芸術論にゆずるとします)
俺にとって俳号は何のため?
それはね、死んだときのためです。
虚子忌
三鬼の忌
赤黄男忌
VS
裕明忌
信子忌
幸彦忌
現代俳人で忌日俳句つくるとあまりに冴えないんですよ。
それは俳号が本名系だからだと思うんですよ。
俳号で俳句は決まりません。でも、俳号も詩たりえているのがカッコイイ俳人ってもんじゃないすかね。
火尖忌 火尖の忌。ほら、結構いけんじゃね?
しかし、当然現状ではまったくいけてない。
だって、これは俺が上手くなって有名になることが前提になっているから、今の俺を知る人が見たら嘲笑ものですもん。
でも、嘲笑されようが、馬鹿にされようが、これくらいの心意気がないと若手俳人として駄目だと思う。
やっぱり俺はロックな男ですか?
今日は俳号の話、俳号といえば、子規虚子、赤黄男、秋桜子、白泉、三鬼、あまり、草城などの、雅号っぽいのと、龍太、幸彦、直毅、ゆう子、敏雄、寛也などの本名系があります。現在では、若手を中心に後者の本名系が大勢を占めております。雅号系なんて流行らないんです。
しかし、私、火尖はご覧の通り雅号系です。だからといって時代に逆らうロックな男というわけではないんですが、ロックな魂は持ち続けようと思います。
まぁ実際俳号なんて、句を作る上では何の役にも立ちません。飯田龍太は俳句は無名がよろしいといいますし、藤田湘子の句に、
ゆくゆくは我が名も消えて春の雪
というのがあります。
じゃあ俳号は不要か?俳号にこだわるなんて意味のないことかといえば、尖は違う!といいます。
もちろん、俳号が良かったって直接いい俳句には結びつきません。有名俳人の句は出来が悪くても弟子や周りが勝手に褒めますが(この話題は第二芸術論にゆずるとします)
俺にとって俳号は何のため?
それはね、死んだときのためです。
虚子忌
三鬼の忌
赤黄男忌
VS
裕明忌
信子忌
幸彦忌
現代俳人で忌日俳句つくるとあまりに冴えないんですよ。
それは俳号が本名系だからだと思うんですよ。
俳号で俳句は決まりません。でも、俳号も詩たりえているのがカッコイイ俳人ってもんじゃないすかね。
火尖忌 火尖の忌。ほら、結構いけんじゃね?
しかし、当然現状ではまったくいけてない。
だって、これは俺が上手くなって有名になることが前提になっているから、今の俺を知る人が見たら嘲笑ものですもん。
でも、嘲笑されようが、馬鹿にされようが、これくらいの心意気がないと若手俳人として駄目だと思う。
やっぱり俺はロックな男ですか?
ものがたり蝶ひとつづつ落ちてきて
改めてこの句を見ると、なんてリズムが悪いんだ。要推敲、もしくは混ぜ直し。意図も作為的やし、これはちょっとよくないなぁ。ボツ。
気をとりなおして俳句を考える。俺はいつも吟行だけではつくれない。飯島晴子を意識しているわけではなく、ほんとにそうなんやって。とりあえず見たもの、単語、断片、フレーズ、十二音、などなどを整理しながら、組み合わせたり、まったく違うものに変化したときに掴んで俳句になる。
結構そういう人多いと思う。
そんなわけで、製作。
なのはなや泣くと笑ふは同じこと
春昼に赤い傘の音をきいた
蝶のうしろの日の丸ぞ
ものがたり金魚いくつも落としては
一つ目、適切な季語がまだあるのではないか
二つ目、消化不足
三つ目、上五しだい。意図を生まないように、意味を生まないように、さりげなく且つしっかりと。この句の場合、意味が生れてしまうと一気に崩れる。俳句では内容の伝達性なんてどうでもいいと思う。大事なのはリズム。ええ藤田湘子は大好きです。彼の句はいいのが多い。
四つ目、今日のボツ句の推敲句。調べは良くなったけど、既視感がぬぐえない。
全体的に完成までまだもうちょっと時間がかかりそう。
梨咲いて君を抱きしめたいだけさ 火尖
鷹ならば我が振れ幅に即答す 火尖
改めてこの句を見ると、なんてリズムが悪いんだ。要推敲、もしくは混ぜ直し。意図も作為的やし、これはちょっとよくないなぁ。ボツ。
気をとりなおして俳句を考える。俺はいつも吟行だけではつくれない。飯島晴子を意識しているわけではなく、ほんとにそうなんやって。とりあえず見たもの、単語、断片、フレーズ、十二音、などなどを整理しながら、組み合わせたり、まったく違うものに変化したときに掴んで俳句になる。
結構そういう人多いと思う。
そんなわけで、製作。
なのはなや泣くと笑ふは同じこと
春昼に赤い傘の音をきいた
蝶のうしろの日の丸ぞ
ものがたり金魚いくつも落としては
一つ目、適切な季語がまだあるのではないか
二つ目、消化不足
三つ目、上五しだい。意図を生まないように、意味を生まないように、さりげなく且つしっかりと。この句の場合、意味が生れてしまうと一気に崩れる。俳句では内容の伝達性なんてどうでもいいと思う。大事なのはリズム。ええ藤田湘子は大好きです。彼の句はいいのが多い。
四つ目、今日のボツ句の推敲句。調べは良くなったけど、既視感がぬぐえない。
全体的に完成までまだもうちょっと時間がかかりそう。
梨咲いて君を抱きしめたいだけさ 火尖
鷹ならば我が振れ幅に即答す 火尖
炎環五月号掲載作品
春泥は今夜動くかも知れぬ
夜といふ地球の影のあたたかし
春雨や梅田に赤き観覧車
学食の桜餅なり食ひ足りぬ
霾や旅客のカメラ二度光る
三回目の投句にして巻頭から12ページ目。まずまずの出だしと言っていい?
添削された句は2句目3句目。それぞれ原句は
夜といふ地球の影のあたたかき
春雨や梅田に赤い観覧車
夜の句は、うん寒太先生ありがとう。よくなった思う。でも3句目、赤いと赤きなら「い」の方が春雨の梅田にしっくりくると思って「赤い」にしたのだが。
けふの月長いすゝきを活けにけり 阿波野青畝
だめですか?要は「き」の音の引っ掛かりを好意的にとるかどうかか。むしろ文語推奨ってことかな。私の考えでは梅田にの「に」と赤いの「い」は非常に相性がいいと思うのだが。
春泥は今夜動くかも知れぬ
夜といふ地球の影のあたたかし
春雨や梅田に赤き観覧車
学食の桜餅なり食ひ足りぬ
霾や旅客のカメラ二度光る
三回目の投句にして巻頭から12ページ目。まずまずの出だしと言っていい?
添削された句は2句目3句目。それぞれ原句は
夜といふ地球の影のあたたかき
春雨や梅田に赤い観覧車
夜の句は、うん寒太先生ありがとう。よくなった思う。でも3句目、赤いと赤きなら「い」の方が春雨の梅田にしっくりくると思って「赤い」にしたのだが。
けふの月長いすゝきを活けにけり 阿波野青畝
だめですか?要は「き」の音の引っ掛かりを好意的にとるかどうかか。むしろ文語推奨ってことかな。私の考えでは梅田にの「に」と赤いの「い」は非常に相性がいいと思うのだが。



