綿菓子日記 

9月29日
哲学の授業を取り消すことに決める。グループ発表メインの授業だと聞くが、あの人数では授業にならないだろう。女より男が多かったのも取り消しの一因。

同じく取り消しの考えの友Mと図書館の雑誌を拾い読み。ニュース誌、経済誌似たようなもの。小声で話す。卒業旅行他。
O君が現れ、Mと話す。図書館では小声でしゃべっても五月蝿い、と気付いてしまったので、出る。次の授業にはまだ少し時間がある。

四時間目、
多国籍企業論。数列前の席は、昔の恋人かもしれない。困らぬよう、始まるまでは寝たふり。終了後、前の扉より帰宅。できれば、外へ心臓を投げてた。

吉岡実詩集を観る。溺れる。しかし妹とHDDコンポを買う相談。設置は妹の部屋、私は四割負担とのこと。あまり現実味はない。

寛也さんからメールが届く。添付された句会録を編集校正後返信。タイトルは「へんしーん」

昨日の続き。発言について考えた。石川仁木という詩人のサイトを見たことがきっかけ。短歌そこそこ、俳句良くない。発言録、いやな胃痛。

誰かの発言があってこその引用だということ。 
外で買ったので、お茶を外で飲む。
あのインタビューのおかげで、少子軽量化ができた。ということ。
お茶が旨い。
問題が一部解決。あとは、他人と本人の胃痛のことを。

寝る前
吉岡実詩集の日記から読む。日記を書きたくなり(むしろ文体を真似たくなり)書く。



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ラーメン転がし

急に何かを食べたくなるとき、
その何かは大抵体に悪いものだったりする。
深夜なら尚更。

突然夜中にラーメンが食べたくなった。

とても苦しいので寝返りをコロコロしていた。
ああラーメンが食べたくて食べたくて苦しいなんて。
「ラーメン」と呟いてみました。
うぅ苦しいだけじゃなく、淋しい。
枕に顔をうめて
こんな夜は嫌だ。

京都は割合ラーメンの旨い土地のようです。

最近少し考える、これ、書く意味あるのかなぁって。
特に少子軽量化を書いてしまったとき思った。
なんか俺まちがってるんちゃう。内容でなく、それを書くこと自体が。

でも、結局書くんだけど。そのうちいいことあるかもしれないし。
不思議と俳句では気にならないけど。意味云々は。

疲れてはつゆ草に置く言葉かな  火尖


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半分秘密にして話す

句帖
秋の夜また背骨からやり直し
桃喰ふや何に背きしかは知らず
           言はず
秋の夜プリンの外へ匙抜きぬ
秋灯や       を抜く 
炒飯のぽかんと割れて秋の風
          ゐる冬だ
(どこかで同じ句があったような。いや、確実にあった。炒飯が割れる句)
天高しパタッと回覧板倒れ


(軌道に乗るまで)半秘密プロジェクト(だって着替え中見られるの恥ずかしい)
炎環評論RONDOKOROは実に順調に進んでおります。
先日第一回句会を終え、もうすぐ句会録をあげることができます。
すっげぇ期待してる人にとっては物足りないかもしれないけど、それなりに期待してる人は満足するかも。
いや、やっぱ全然駄目かも。金返せ!って言われたらどうしよう。誰に?

西川火尖は後向き健康法をオススメします。

まぁ期待しすぎはよくないよ。何事も。

句会録があがったらリンクを貼ります。
がんばっても尖からは秘密にする気配がでません。

中原寛也さんオススメの
五島高資の「雷光」を図書館にて入手。

ああお金がたくさんたくさん欲しい。
誰かに金返せって言ってみようか。

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美人に囲まれて息が出来ない

「散るは美し」の国日本がかかげる
「美しい国」なんて、
ねぇちょっと、それって大丈夫?

桜、花火、紅葉、雪、人。

と、いうか
国家のような個人個人個人個人・・・・の合意の集積を
一人の美意識に委ねるなんて、おい。

大体全ての美しいものの結末なんて、ろくなもんじゃないってのに。
まぁ汚いのだけはしっかり肥るようになってるから言えるんだろう。
でも、美しい国の美しい人たちまでが賛成するってのは・・・
ほんと美しいですね。

あっ俳句はまた重くなるかもね。やったあ。

だからとっても嬉しいよ。だから家を燃やさないで。
さぞ美しく燃えるんだろうけど、その後が大変だから。


少子軽量化

俳句αあるふぁ編
インタビュー集「現代俳人の風貌」より
いまの俳句、若い人の俳句について

皆川盤水
若い人には、もっと俳句の本質をよく勉強してもらいたい、そう思います。このごろ、若い人は言葉遊びというでしょう。言葉遊びの俳句もいいけれど、俳句は定型であり、季語がある。そして一句でしっかりと切ることですね。こんな当たり前のことを学ばずに、すぐに言葉遊びにいってしまったら、駄目でしょう。

松崎鉄之介
特に若い人は、勉強が足りない、句が薄っぺらで、深みがない。

森澄雄
俳句が散文化してしまい、叙述的な軽い俳句ばかりが多くなった。要するに俳句のこころが乏しいんだな。俳句に遥かな思いが無い。今の俳人は理屈で考えてばっかりいる。いまの俳人は甘すぎますね。そして、また、周囲もよしとしている。若い女性の俳人をおだてる。まだ評価が決まらない俳人を少し美人だとスターのように取り上げる。本人たちもその気になる。いま、俳句は最悪の状態になっている。

佐藤鬼房
私たちの世代は戦争という時代をくぐってきました。そういうものからみると、今の俳句は軽いですね。まあ、芭蕉の時代でもそうでしたからね。一概に時代をせめるつもりはありませんが・・・。でも、若い俳人にとっては、それが普通でしょうから、いいんじゃないですか。私は、私の、見せるためではない納得のゆく俳句をつくるだけです。

金子兜太
いまは女性の俳句実作者が増えましたね。これがまた、いずれも精力的に創作活動を行っている。このエネルギーは無視できません。そして、皆勉強熱心です。俳句の麓をひろげるということは、とても大切なことです。また、いいものも生れています。

鈴木六林男
いまの俳句は、まさに言葉の氾濫といったらいいか、言葉の消費ですね。でも、内容は希薄ですね。若い俳人達も、何のために俳句を書くか、という目的意識がはっきりしないでしょう。若い人は「軽くて何が悪い」とひらき直るかもしれませんが、しっかりとした意思を持って俳句を書いて欲しい。軽ければ軽いでやり方があるのですが、意識が希薄だから方法が樹立していない、そう思います。



うーん。散々な言われよう。確かに波郷とかの若い頃の作品がすごいし、現代の若手じゃ太刀打ちできないのも分かるが、時間による濾過を考えれば・・・まぁいい、とにかく若い=軽いと見られている。
希薄・軽薄・散文・言葉遊びが今の若い人の俳句なのだということだろう。
しかし、それは若さの本質ではない。はずだ。もちろん俳壇の大家たちもそのことは分かっている。分かっているからこそ、こういうことをいうのだろう。
ただ、言われる立場の若手にとっては、正直あまり気分のいいものではない。
だからといって「軽い句の何が悪い」なんて開きなおったりはしない。なにしろそれはあまりに意味がない。ただ、彼等を納得させて、且つ、これがこの時代の俳句だ!ってのを示したい。何人かはすでに故人なんだけど。

目的意識がはっきりしないのは、その前段階である「俳句って何?」って部分に非常に拘るのが今の若手の特徴だからではないか。「俳句とは何か」についてなら、今の若手の方が意識が高いはずだ。
それが、どうなるかは分からないが、今後の俳句はそれによって変わるのだと思う。

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含有感情

俳句を作りたくなった。

劣化する記憶よ声よ桃に刃を

秋雀昨日と同じ服が楽

他ならぬ金木犀の夢をみし


なぜ、作りたくなるのか?

以前は、音楽を聴いたり、がメインだった。溜まったものを外に染み出させて平衡を保っていた。
俳句という方法を覚えてしまってから、
なんだか心に小さい空気穴ができた気分。
「呼吸と同じ」なんて気取ったこと言うつもりはないんだけど、
一番、直接的で有害じゃない捨て方だと思う。
ほんの少しだけ、内的なものを加えて、濃度が濃いと毒だから、ほんの少し。そんな俳句。

それを俳句の世界では「主観」だとか言うのか?
とりあえず、「違う」といってみることにした。

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釘抜き山荘殺人事件

もしもバトン
バトンを受け取ったので回答してみる。

もしもバトン from マッスル軍曹殿

1、理想の女(男)が記憶喪失で落ちている。
 
理想だなんて何か裏がありそうですね、それにパッと見で理想かどうか判断するほど尖は短絡的な男ではありませんよ。
とりあえず、確保。話はそれからだ。
 
2、歩いてたらサインを求められた。

この日のために習字を習ってるんです。色紙はこれですね。何か書いて欲しい句はありますか。

 
3、引き出しからドラえもんが出てきた。
 
まぁ、いつかはこうなるんじゃないかと思ってた。
早いか遅いかの違いなんだよ。

4、殺し屋に「死に方くらい選ばせてやるよ」と言われた。

そんな無駄なサービスいらない。
タクシーにのって「道順くらい選ばせてやるよ」と言われても嬉しくないじゃないか。

 
5、見知らぬ大富豪に遺産を遺された。

大丈夫、野口君、一葉ちゃん、福沢センセ、みんな知り合いです。
この子達はちゃんと私が面倒をみますから。隠してる分もはやくよこせ。

  
6、初対面で「B型?」と聞かれた。

すっげぇB型!

だから、そういう挨拶ですってば。


7、預金残高が増えていた。

ああ、あれのことか。まったく君の働きにはいつも感謝しているよ。

8、カモシカの様な脚にされた。

バッタの改造人間にされるよりはずっと気が利いたことをしてくれると思いますよ。砂浜でターンしてみようかな。
 

9、前に並んでいる人に「俺の背後に立つんじゃねぇ!」と言われた。

おいおい地球は、丸いんだぜ。


10、「犯人はあなたです!」と言われた。

「な、っ。何の証拠があってそんなこと言うんだ!俺は里美の悲鳴が聞こえたときお前と一緒にいたじゃないか!」
「証拠ならあります。この窓枠に一本不自然に伸びた釘、これ、釘は古いのに伸ばされたのは最近なんです。私と会っていたとき、あなた栓抜き持っていましたよね、ビールが大嫌いなあなたが何故栓抜きを持っていたのかが気になって、あのとき見ていたんですよ。釘の錆がついた栓抜きをね!」
「くっ・・・っう」
「おそらく、栓抜きで少し抜いた釘にゴムを結び、その先に石か何かをつけ、里美さんの部屋の窓から一階の食堂の窓へ伸ばして固定。そして頃合を見計らって固定していた紐を切断。里美さんの部屋の受話器が外れていたことから、電話でもして窓から顔を出すように言ったんでしょう。見事里美さんの顔面に石が直撃、とまぁこういうわけです。」
「・・・こういうわけか・・・。なぁ、知ってるか、近代値。釘を打つときはなぁ、わざと酢に漬けてから打つんだ。そうするとなぁ、中で釘が錆びて抜けにくくなる。だがなぁ、釘があと一本足んねぇんだよ!」
グサッ!!「うっ・・・ううっ俺で最後だ」
「ごっ五寸釘!!やめるんだ西川!」
「へっ血がどんどん出てくるよ。へへへっ錆の色だ。こっこれで、俺と里美は、は、はっ、離れることが、ない。じゃあな、近代値。」
「にっ西川〜!!っ・・・
この馬鹿野郎っ・・・」

という身から出た錆。


11、鏡を見たら目がヤギ目になっていた。

そろそろ替えどきだからな。

 
12、尻の割れ目が消えた。

どこから出せばいいんだ?ストマーつけるのは嫌です。

 
13、偶然手に取った本の主人公が、明らかに自分だったら?

サインをしてしまう。五寸釘西川
 
14、モナリザがこっちを見ている気がする。

見詰め合うと上手におしゃべりできない。
 
15、ランダムで5人♪

ちぃ
軋さん
シゲさん
ぢぇいさん

おもしろそうならやってみてほしいです。
後一人は・・・


現在西原天気さんのところで百題百句に出走中、俳句関連の話題は俳句ばかり作ってるうちはまだ具体化しないのかな。とにかく作ることに夢中。

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最後に祈る時間をやろう

たまには、落ち込む。

就職が決まったときはほっとした。
就職が決まってしまって憂鬱だ。

というありきたりな気持の動きに振り回されています。

正直、社会に出るのが恐い、
今以上に自分の無能ぶりを確認させられるのか
と思うと山頭火みたいになりたい。
俳句も今ままで通りではいられないだろう。

ほんと学生ってモラトリアム。
それにしても青年期にモラトリアムだなんて名付けるから、余計社会に出るのが恐いじゃないか。エリクソンのネーミングセンスは冴えているけれど、暗いしネガティヴだ。
来年からいよいよ刑が執行されます。死ぬまで?まいったな。
どんな大罪犯したんだ俺や彼等は。

一方、大抵の大人がそれなりにうまくやっていけてるのも知っているし、多分大丈夫なんじゃないかなとも思う。無能というのもしばらくは自然なことだ。
俳句だって、学生で俳句やってるほうが珍しい。

それでも、ひどい虚脱感に襲われる。
つまり、
就職前学生の一般的ポーズを尖もとってるわけで。
書くほどのことではないのに書いてしまった。

ああ、もう、ほんとにモラトリアムだ。
とても大事にしよ。

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手紙男

俳句研究年鑑の資料への作品掲載依頼のお礼の手紙を先生と依頼してくれた馬酔木の橋本榮治さんに書く。
それだけで使いかけの便箋一本がなくなる。
先生に三枚、橋本さんに二枚なのだけど、山のような書き損じ。これだけで二三日かかった。

俳句を始めてしばらくたつ頃、字が下手だと将来色紙や短冊に書くときに困ると思って習字も始めた。手紙はその習字の先生(隣のおばちゃん)に書き方を習っているので、かなりすごいことになってる。最近ようやくお手本無しでそれっぽいのが書けるようになった。(というか、今まで書いてもらったお手本の組合わせで書けるようになっただけじゃが)

俳句朝日の依頼のお礼の手紙を先生に出したときは、まだ習字を習う前だったので、かなりひどいことになってる。字の汚さもさることながら、文面の稚拙さなんか、もうそのまんま俺という存在がでてます。素っ裸。シャーペンで書かなかっただけマシだ。

正直、俳句で教科書にのりたいとか思ってる尖は、そういう依頼とか活躍の場が与えられることがとても嬉しい。運がいいと思う。

俗っぽい目標だけど、俗っぽい尖にとって、いい句を作ろうという動機はとても大切。
いまでも小学校の教科書に載ってた

ちるさくら海あをければ海へちる   高屋窓秋

の衝撃が忘れられない。
十年後、実際に俳句を作るようになってるとはそのときは思いもしなかったけど。

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暗黒仲間

炎環九月号掲載作品

書庫といふ草いきれにも似たるもの
しばらくは私をなぞる蚊遣かな
扇風機自分いらなくなりにけり
熱帯夜なり水槽の黒き水
夕立の人の匂ひのような列

今回は3ページ目。結構嬉しい。扇風機の句が推薦句になっていた。この手の句を出すのは初めてだったけど、この句のときは受ける会社全て落ちてダーク火尖、ダー尖になっていたので仕方がない。「熱帯夜なり」もダー尖の作。これも推薦句だった。もしや先生とダー尖は気が合うのか。寒太先生もダ・寒太になるときがあるのだろう。二人のダークに乾杯。

添削されていたのはその熱帯夜の句。原句は、
熱帯夜なり水槽の黒い水
黒い→黒き
で、より文語っぽくなった。
五月号の
春雨や梅田に赤き観覧車
も同じように直されていたっけ。
赤い黒いのいの持つ口語の少し割り切れない感じは好きなのだが、(梅田の句は今も赤いがいいと思ってる)黒きは句がしまって、散文っぽさが減ったように思う。

炎環十一月号掲載予定

虫の夜を確かな下駄の堅さかな
銀漢やこの独白の行き止まり
正解は右手檀の実はあげない
月明の魚群崩れてゆくビルは
糸瓜忌の付箋のどれもこれもかな

こうやって書いとかないとどこがどう変わったか分からんしね。
星月夜魚群の崩れゆく我が身
月光や魚群の崩れゆく我が身
月明の魚群の崩れゆくビルは
月明の魚群崩れてゆくビルは
と変遷。
一句目が心情的には一番なのだが、我が身の甘さが気に食わない。
四句目の「て」はあまり使わないようにしてるのだが、これは上手くいったんじゃないかなぁ。

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心臓搾り

別に難解ならいいなんて思ってない。
それに、難解でも佳句とみとめられているのは多い。
それでも反発するのは、単にそういう年頃だからか?

とにかく秋という季節が大嫌い。
そりゃ暑くないし、
風は気持いいし、
とにかく暑くないし、
すごしやすいのだけど、

俳句的に一番嫌いな季節だ。
なんというか季語が強固過ぎて手を出せない。
このまま俳句ができなくなっちゃったらどうしよう。

秋風、秋の暮、満月、

全部、それ以外に何を付け足すねんみたいな顔してる。

あととにかく冷たい風というのは、もうとにかく寂しいものです。
うん、いろいろ思いだしてしまう。例えばバイクに乗ってるときの冷たさが、窓から入ってくる夜風があのときと同じだったとき。

あーあ。

仕事柄理不尽

もし目の前に俳句の神様があらわれて(虚子じゃないで、彼は教皇または王)

「季語か定型、どちらかを捨てなさい」

と言ってきたから、
「じゃあ季語を捨てます」
と言う。
すると神様は
「季語をおろそかにするやつは俳句をやってはイカン!」
とか言い出すに違いない。で、杖とかを振り回すのだ。

で、またある日神様があらわれて

「定型か切れ、どちらかを捨てなさい」

と言ってきたから、
「アホか。嫌じゃ。」
と言う。
すると神様は怒って
「わしのいうことが聞けんやつは俳句をやってはイカン!」
とか言い出すに違いない。で、雷鳴がとどろくのだ。

と、そんなことをふと思った。で、ちょっと笑った。
それにしても、
悪い奴だ、神様は。
そして、そんなところが人気の秘訣だ。きっと。

うん、まったく、どうでもよい。

月光や魚群の崩れゆく我が身    火尖
虫の夜のせいぜい腹を掻くくらい   

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不理解効果1 舞台設定

難解句の観賞法を考える前に、難解句を分類してみた(主観客観併用分類法)。一口に難解といっても歴史やスタンスによってかなりの違いが見られると思うんよ。

そもそも難解句とは何だ?というテーマは尖がもっと大きくなってから。とにかく難解であると言われたことのある句を難解句として扱うことにします。

1歴史的難解句

鰯雲人に告ぐべきことならず     加藤楸邨
冬日宙少女鼓隊の母となる日     石田波郷
月ゆ声あり汝は母が子か妻が子か   中村草田男

所謂人間探究派と呼ばれる彼等のこれらの作品は伝承俳句陣営から難解であるとの非難を受けた。しかし現在これらを難解という人は少ない。取り合わせの句であり、季語に寓意性を持たしている。

2解釈難解句

階段がなくて海鼠の日暮かな 橋間石
草二本だけ生えてゐる 時間  富澤赤黄男
天網は冬の菫の匂かな    飯島晴子
山脈に耳あり夜の石礫    夏石番矢

階段がなくて、も海鼠の日暮も文章としては意味が通っているし、分かる。ところが、この二つを繋げて俳句にすると、とたんに解釈を拒んでしまう。2句目も同じ。3,4句めは少し違って狭義では言語犯罪型難解句に分類される。文節ごとの言葉に罪はないが、文脈として言語犯罪といえる状態を作る。天網は匂いではないし、山脈に耳はない。言葉秩序に揺さぶりをかけるこれらは、詩の世界では一般的な方法ではないだろうか。俳句を詩の一種ととるなら(一面のコンセンサスはとれていると思う)言語犯罪の片棒を担いでも俳句は大丈夫じゃないかなぁ。

3非言語俳句

見な見ぬこんてむつすむん地の極南   加藤郁乎

俳句の大きなウェイトを占める部分、または全部が言葉ではない俳句。ほかに高柳重信の△とか○とかを多用した句があげられる。

難解俳句のいいところは、読者を身構えさせる点かもしれない。寓意や含蓄があるんだろうと、思わせることができるし、それが読む上で楽しい。
案外観賞ではそれが重要になってくるのかも。

それにしても、俳句ってのは真面目に語れば語るほど、ときどき笑えてくる。
自分が「である」とか言って俳句について語ってるんよ。他人も虚子の宇宙がどうとか大真面目。みんなで裸の王様の世界を支えている感覚。おもしろくないわけがない。そう、ふざけてなどいられない。

不理解効果

前回、タイトルについては言いたいことをほぼ全て言えたので、このブログのタイトルも徐々に分かりやすくなっていくでしょう。つまり表現と内容のバランスを重視します。

作品の感想において、度々使われる「分かる、分からない」を「許す、許さない」に置き換えると、何が言いたいのか少し「分かる」気がする。
平明であることを尊ぶ(少なくとも尖にはそう見える)現代の俳句世界において、「分からない」と言われる事は、俳句資格の剥奪(かっこ良く言い過ぎた。ようは俳句の門前払い)である。
つまり、
「分からない」とは、その人にとっての俳句フォーマットではないという主張なのだ。それ自体は全く問題ではない。好き嫌いの延長上もしくは、それ自体であり、自然なことだと思う。

ただ、その言葉が観賞や批評に頻繁に使われることは大きな問題であるといえる。
なぜなら「分からない」という言葉は自分の立場の表明であって、目の前の俳句に対しては何ひとつ言えていないからだ。

だからと言って、分かり合わなければならないなんて言うつもりは全くない。そういうのは政治社会の課題であって俳句の深刻なそれではない。もし俳句は相互理解が第一だと考えるなら、俳句は関係者だけでの、共感を得るための記号・暗号としての面が強調されて使われるようになるだろう、それはまさしく、月並俳句そのものではないだろうか。(このことと関係してくるのかは、まだ考えていないけど、俳句をやらない人には一部の俳句以外は上手く読めないという問題も興味がある。)

分からない句は分からないんだから、分からないと言えばいいと思う。ただ、それを観賞や批評だと思ってはいけない。そう、どんなにこの句が分からないかを説明したところで、分かるのは鑑賞者の立場だけである。そんなつまらん観賞があってたまるか。
次回から、分からないことを前提とした観賞、批評の方法を考えてみようと思う。

階段がなくて海鼠の日暮かな   橋間石
天網は冬の菫の匂かな      飯島晴子
山脈に耳あり夜の石礫     夏石番矢

これらの句を分からんからって、はねるわけにはいかんやん?

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戦国洗顔史

えぇ改めて言います。タイトルと中身は一致しません。
てか、戦国洗顔史に一致する中身ってどんなだ?

ないやろ。普通。

尖は無欲な石鹸派、鼻のあたりを念入りに洗います。

さて、そのタイトルですが中身とは何の関係もなくても、こだわりはあります。
言葉の新しい効果を発信することです。
タイトルってのは文章体におけるパッケージです。これを見て読者はいろいろ考える。だから作者は内容と表現を考慮して魅力的なタイトルをつける。尖のはまぁ表現だけに拘った実験または詐欺みたいなもんですが。

とにかくタイトルってかなり大事。そして短量で表現する点、イメージへの装置になる点、俳句に通じます。

ところが俳人はタイトルに対して非常に無頓着、軽く見ている。
炎環の同人句にはそれぞれタイトルがつきます。実際に見てみると、

青田波
夕蜩
金魚
六月

など季語をそのままタイトルに使っているのが多い。
そしてその季語は必ずその発表句の中にあるそれをつかっているのです。
六月とつけた作品群の中の季節が六月なのは当たり前でしょう。なのに俳句でも六月と言う。
普段、季重なりとかに神経を使っている人の行為とは思えません。
タイトルが季重なりしています。作品群で既に表現されている季節感を改めてタイトルで示すなんて、無駄を嫌う俳人の仕事とは思えません。
怠けている若しくは、俳壇の常識に縛られて身動きとれなくなってると考えるしかありません。実際総合誌の作品のタイトルも句集のタイトルもつまらないものが多いですし。
(山口紹子さんの句集「LALALA」はちょっと読んでみたいと思わせる名前です)

同人欄は会員欄と違ってタイトル分の表現領域が与えられているんですよ。出せば必ず五句掲載の炎環にとって会員欄と同人欄を分かつ唯一のものですよ。
それを句から拝借した(大抵は一番安易な)言葉貼り付けただけで済ましていいんですか。

そこのとこ、もう少し真剣に考えていただきたいものです。
そして「類想」を押しのけたタイトルと作品を示してほしいです

炎環九月号のベストタイトル賞は

悪路王   島 青櫻
です。その中より一句

悪路王の血のよみがえへる蟇の夜

ジーンズの穴
億年の音
スカートの膝
ほんとうの家

少し読みたいと思いました

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高圧綿菓子

久しぶりの早起き。そうだ地球には朝があったんだ。
家族が朝食をとっていた。たしか一日三食だっけ?それの一発目にいれてもらった。
もう少しで最後の夏休みもお終いです。この早起きは多分着陸準備。

昨日の吟行(京都、岡崎方面)で見つけた言葉、
マカロニの茹で加減
を上手く使いたい。
一応

マカロニの茹で加減よき秋日和

としてみたけれど、これはかなりゆるい。
これでは、マカロニの茹で加減が文章の一部になってしまって効果が薄い。
もっと名詞的なモノとして存在感をだしたい。
で、
上五+二音+マカロニの茹で加減の形へ。
・・・
秋深みをりマカロニの茹で加減

ましにはなったかな。

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軽薄立国

忘れちゃえ赤紙神風草むす屍    澄子
  

あやまちはくりかへします秋の暮  敏雄


終戦日日本は何も悪くない     火尖


戦争が廊下の奥に立つてゐた    白泉


俳句が思想を含むとき、大抵は俳句として成功しない。スローガンとしても思想に見合った効果が表れない。尖の句がいい例です。他の句は例外です。
ただ、
現代的気分に押されて動かされてしまうこともある。
幼稚性・無邪気さ、冷笑冷淡。それから真面目な顔して言えば民主主義のどうしようもない疲弊。


マカロニの茹で加減よき秋日和  火尖

蟹度測定

明日は吟行に行こうと思う。

やはり出会って無かったら出なかったであろう言葉というのは
強い

リニューアル

炎環評論 RONDOKORO 設立に伴い
この そして俳句の振れ幅をリニューアルします。
かといって新しいブログを立ち上げるのも、デザインを変更するのも面倒というか、もったいないので、
そう、これは俺の気持ちの問題。

唯一の変更点は表題の下の部分が「だからって白蟻煎餅は困る」に変わったこと。

明日は句会。
正 徒 用 庫 比と檀の実 無月 蜻蛉各種 落とし水
を組み合わせて12句だってさ。

正解は右手檀の実はあげない
正論にして暴論の世の無月
檀の実正邪構はずまづ笑ふ
弾薬庫跡地は蜻蛉ばかりをる
檀の実祖父ゐなければ書庫に蒔く
檀の実正正正の数渡す
無月かな文庫カバーのずれ易し
蜻蛉や彼は用件しか言はぬ
徒に無月の壁をなぞりけり
正極や古代蜻蛉は大きかり
曲線を正し蜻蛉となりにけり

あと2句…

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