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交換3

月々の投句はこれまでの惰性でぎりぎりのところを保ってきました。
しかし、二度の欠詠により、いつまでもこのままいけるものではないことが分かりました。

ダムは何十年も経過すると、底に砂や泥がたまって、本来の貯水量が保てなくなるそうです。
私も、もはや自分の身の内をこそぎ取るような作句は限界に来ているようです、
ネタが切れ掛かっているのです。

俳句に対する情熱は幾分、冷めました。
しかし、消えない。
今、こんなことを書いているのも、その情熱故です。
こんなところでは終わりたくないという、残り火のような熱に
じりじり焼かれて、それでも動けない、句を成そうという気が湧かない。
燃え尽きることも、渇ききることもできず、湿ったまま弱っていく、
もう、いつか情熱は消えるのだろうから、先に俳句的には腐蝕死してしまおうかと
何度か考えた8月のある日、一冊の句集が届きました。

岡田由季さんの犬の眉でした。

岡田由季、私の中で森賀まりとか大木あまりとか
名前が既に季語とか詩語とかそういう感じの人です。

今の私に人の句集を読むような、力はありません。
これが、ページを開いたとたん、彼女のひと言ひと言一句一句が私の体の隅々まで
いきわたり、細胞は呼吸を思い出し、くすんでいた視界は一気に色彩を取り戻した。
私は救われたのだ、一冊の句集によって、再び俳句の空気を、句集の新鮮な空気を
めいいっぱい吸った・・・とかだったらいいんですが、既に述べたように、私に読む力はありません。

しかし、私はそれを自分の通勤鞄に入れました。
まだ読んでいないけど、もし、再び俳句の空気を吸うとすれば、
この句集をおいて他にはないのだと思います。
これが、切符になるのだと思います。

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雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)2014/09/07(日)18:30

交換2

使えていなかったのです。
つまり、それは、それがなくなれば
俳句を作る理由がなくなるということです。

歳を重ねて、不満が減るかといえば、むしろ逆で、
目減りした若さと一向にたまらない経験地ではいかんともしがたいものばかりです。
では、それが俳句になるかというと、なりません。
もはや俳句にしている場合ではないんですね。
愚痴をこじゃれた俳句にしている暇があるなら
稼がなきゃならんし、子供をそだてないといけない。
人生の趨勢が大方決まってしまったからこそ、
そこから離れるわけにはいきません。

俳句の題材として、生活や自然を直接見つめることを
俳句を手段としていると否定しておいて、
自分のやっていたことは悩みや不満をころがして遊んでいただけで、
(それを貫くというのならそれはそれで一つの見識と言えるのですが)
いざ、悩みが目の前の課題として迫ってくると、余裕を無くして
俳句にしている場合ではないとほざくのですから、始末に終えません。
では、稼ぐこと、子供を育てることを、俳句を通して見つめられるかといえば、
忍耐が足りず、いまいち形になりません。

モニターの光に背き朝寝せむ
三月の笑ふとき子はタンバリン

不満と真正面から向き合うしかなくなった今、
俳句へ逃げることはもはやできなくなりました。
そして、俳句ができなくなった私は今や俳句から逃げて
生活を叶えています。


雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)2014/09/07(日)18:00

交換

俳句から離れて数ヶ月、いや、気づけば1年以上たつのかもしれません。
先月2度目の投句を落としてしまいました。
句会にはずっと参加していません。
いまさらメールの返信を出すのもひどく憚られてしまい、
身動きがとれなくなってしまいました。

今では歳時記を開くことも殆どなくなりました。
一冊目はぼろぼろになって、実家においてきました。
2冊目は古本屋でもいい値がつくくらいにはきれいなままです。
炎環は先生の句と知り合いの句、
自分の句をチェックして閉じます。
何故そんなことになったのか。

学生時代は殆ど俳句のことしか考えられませんでした。
手酷い失恋もしたし、就職も本意のところではなかった。
そういった屈託の全てを俳句に背負わせたりもしました。
俳句をやっていないとどうにかなってしまいそうで、
それでいて、伝えるべきこと、詠むべきことはなにもない、
あってはならないという考えで、ただひたすら俳句を作ること
自体を目的としていました。日記や、手紙じゃあるまいし、
純粋に俳句をするということは、俳句を作ることだけが目的でないと
おかしいという考えでした。

就職しても、その考えは変わりませんでした。
俳句を何かの手段にすることを嫌悪し、俳句自体が目的であらねばならないと
このブログでも何度か述べたように思います。
しかし、当時の句は

公園の便所日焼の眼を洗ふ
踏切の先が木枯し売れず帰る
明日君に会ふマフラーを解かれる

など、生活への不満や恋愛の些事などの
パーソナルな感慨を人の眼に晒すことを目的としたものが多く見られました。
そうです、もともとが屈託から入った人間にとって、結局、
自分の身の内と外界の差を確かめる手段としてしか俳句を


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2014/09/06(土)23:48

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自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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