こんな句集評が書きたい

この人はこんな人ですって言うときに、
目と鼻と口があります!って言わないですよね。ね。
まぁ一歩踏み込んで、綺麗な眼と低い鼻と、アヒル口だよ、すごくいい声だよって言ったら、
意外と食いついてこられたりすることはあるかもしれないけど、
それでも、別にそれだけが聞きたかったわけじゃないと思う。多分。
句集も同じで、中の句を抜き出して、一句ずつ語るのも、いいかもしれんけど、
全体の印象とか、この句集がどういう句集かとか、
そういうことを安易な引用や作者のオフショット(句集以外の情報)に頼らずに書いてみたい。
必要があれば引用もするけど、句集評という文章として面白いものを書いてみたい。
ていうか、読みたい。
多分いっぱいあると思うんだけど、数年俳句から遠ざかっていて
よく周りが見えていない。

追記:読み返してみたけど、これ、普通のことだった。
どこまでできるかは分からないけど、
今後取り上げたい句集。

柏柳明子「揮発」
すごい角度から言葉がぴったり面白く句になる感じの句集。
そのぴったり具合を書きたい。力説したい。

齋藤朝比古「累日」
物を見るっていうと客観写生とか言いがちだけど、
これは敢えてAR俳句って観点で書きたい。
拡張現実。

岡田由季「犬の眉」
すごく難しい。何度も書きかけて断念してる。
過冷却水って感じ。氷らせないように、書かないとって思う。

宮本佳世乃「鳥飛ぶ仕組み」
多分、句を抜き出して貼るだけで、
結構食いついてくれそう。今すでに引用したい気持ちになる。


さらに追記:
Twitterに更新が乗るようにしてしばらくたったけど、
これ、なんか面白い句集評が読めるんじゃないか、
紹介してるんじゃないかって期待してきた人を見事に裏切ることになってる。
すいません。そんなんじゃなくてすいません。
こういう時、気が回らなくて、すいません。
会社の出来た後輩が数十人規模の飲み会の時、全体に目を配りつつ
注文を捌いたり、超絶妙タイミングで鍋を作ったり、よそったりしてるのを見て
陥るちょっとした自己嫌悪に似てる。

毎回更新を載せるようにする設定はあんまり良くないかもしれないなぁ。

スポンサーサイト

テーマ:俳句│ジャンル:小説・文学
俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/31(日)02:02

政治俳句をめぐるメモ スタンス

さて、火尖は俳句に政治を取り込むと言いました。そこで、そのスタンスを整理したいと思います。

俳壇史を紐解けば、一時聖戦俳句など、
体制におもねる句を作っていた時期はありましたが、基本的に俳句は権力に対してはある程度批判的な眼を持ち続けたように思います。例えば以下の句のように。

兵隊が征くまつ黒い汽車に乗り  西東三鬼
玉音を理解せし者前に出よ  渡辺白泉
前ヘススメ前ヘススミテ還ラザル 池田澄子

でも、上の句を見ても分かる通り、その批判的な眼とはあくまでも批判そのものではなくて、俳句的な対象の捉え方、ある種冷徹な距離の取り方に起因するものなので、
例えば正面切って体制批判の句を作ったとしても、その強さを担保するのは、意味内容よりも俳句形式としての詩的感興によるところが大きいと思います。
政治や情勢を詠むことに果敢に取り組んだ社会性俳句がその成果よりも失敗を多く語られるのは、定型にこだわったまま思想や意味内容に寄り過ぎた結果というのは、今更と言えば今更でしょうし、同じことが聖戦俳句にも言えると思います。

韻文を名乗る以上俳句は、社会的な目的を達成する手段として使うには、余りにも向いていないです。
もうこればっかりはどうしようもない事実です。

俳句で日記とか、俳句で豊かな日本の自然や文化を守るとか、若者のマナーを向上させるとか、それと同じくらい、俳句で平和を訴えるというのは無理があり不自然なことだと思う。
日記なら実際に書けば良いし、自然を守りたいならごみ拾いとか里山を育てるとかあるだろう。
今日、御茶ノ水で女子高生が核廃絶の署名を集めていたが、その姿を句にするより、署名した方がいいと思う。

最も、結果として日記となったとか、
結果として世界平和を訴えていると見られているとかそういうのを否定するわけではないです。

俳句が韻文である以上、何かの目的を達成するために使われるようにはそもそも出来ていないと思うのです。

実際、金子兜太が「反アベ俳句」ではなく「アベ政治を許さない」と、
どこからどうみてもなスローガンを揮毫したのも、
あくまでも俳句をスローガンとしないためだったのではないかと思ってしまうんです。

では、やはり、俳句は世論を二分するような政治問題には立ち入らず、花鳥諷詠で文芸芸術上の美を追求していればいいのでしょうか。政治的なテーマに踏み込んだ句には、俳句は川柳ではないと言って、最初から取り合わないのが賢明な態度でしょうか。

私はそれは絶対に違うと思います。
近年、主に政治方面から、ものを言うことへの締め付けるような息苦しさを感じているんですが、
今までと違うのは、それを社会が受容し始めていることだと思います。
私はこの息苦しさを無視して句を作り続けるような鈍感な人間にはなりたくないですね。
もし、この空気自体を避けて俳句が作られつづけることを良しとするなら、俳句は詩としての誇りをなくしてしまうんじゃないかとすら思います。

この空気に対して思うところを伝えるために句を作るつもりなどないですが、
思うところを出発点にした句の中で、
思いがけなく社会に問いかけるような句を
私の政治俳句としようかと思います。



テーマ:俳句│ジャンル:小説・文学
俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/24(日)02:37

近未来俳句バトル漫画更新

6年以上の歳月を経て、
ついに更新
近未来俳句バトル漫画!!
あのとき、24歳だったときのノリに
全然合わせられたよ!!

ブログの使い勝手が悪くてHP作ってしまった。

↓今後漫画はここにアップしていきます。
Hurehaba-site

ちなみに
1話で虚子が
「地球二万余り回転冬日にこにこ」と詠んでいるように見えますが
あれは雷鳴と同じような自然現象です(虚子が詠んだわけではないです)
60年を経ての復活を地球が祝福したのです・・・!

字が読みにくいだろうから、
今後はテキストを貼り付けるようにしたいなぁ


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/21(木)01:51

政治俳句をめぐるメモ 分割

後半部分はなんか分割した。
そのほうがすっきりするかなって。


そこで、せめてもの抵抗として、
火尖はできるだけ政治的な内容を俳句に読み込んでいくことになると思う。
もちろん、攻守のできるやつ。

新しい、白泉、三鬼が生まれる空気が育ってきているはずだ。
蛇足だけど実はニシカワカセンのセンって白泉の音からとっているんだ。

絵双六戦の枡のなかりけり  西川火尖


・・・・・・

というわけで、それぞれの立場を大まかに言うと
作者:通常のプロセスで選ばれた普通の作品なので載せてほしい
行政:デリケートな問題に行政がどちらかにくみしたと思われたくない(あけすけに言えば政権に立てつくような表現は避けたい)
俳人:・・・(反応が少なくて何とも言えない)
世間:こんな政治主張を自治体が認めるわけにはいかないってのが印象としては多かったかな

俳句が問題になっているのに、まともに動いているのは金子兜太くらいで、
いまいち、俳人が立場を表明しているのは少ないように思う。
しかしそれでも昨日ざっと見た限りでは外山一機の記事にかなり説得力があったので、
というか、うなずく所が多かった。正直火尖も同じようなことを言ってしまった感はある。

今さらながらこれです。
http://sengohaiku.blogspot.jp/2015/01/jihyo2.html

そこで
いわゆる俳句ガチ勢の人たちがこの問題をどうとらえているのか
ちょっと気になる

テーマ:俳句│ジャンル:小説・文学
俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/18(月)22:49

政治俳句をめぐるメモ

梅雨空に『九条守れ』の女性デモ
という俳句が公民館の月報に掲載拒否されたという一昨年の事件について
今さらながら、政治社会と俳句の関わりようについて思うところがあるので
思い当たるままに書いていこうと思う。

まず問題の記事
-----------------------------------------
「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」と詠んだ俳句を、さいたま市の三橋(みはし)公民館が
月報に掲載するのを拒否したのは憲法で保障された表現の自由の侵害にあたるなどとして、
作者の女性(74)が市などを相手取り、月報への掲載と、掲載拒否で被った精神的苦痛に対する
二百万円の損害賠償などを求め、二十五日にさいたま地裁に提訴することが分かった。 

 掲載拒否から間もなく一年。公民館の判断を支持した市や市教育委員会の対応の是非が、司法の場で争われることになった。

 訴状によると、三橋公民館では二〇一〇年十一月以降、地元の俳句会が会員の俳句の中から選んだ一句を月報に掲載。
「梅雨空に-」は昨年七月号に掲載する一句として句会で選ばれたが、公民館は昨年六月二十五日、
「世論を二分するテーマ」として不掲載を句会に伝えた。

 訴状は、月報の俳句コーナーについて「住民が学習成果を発表する場(表現活動の場)として公民館が
句会に提供してきた」とし、掲載拒否など内容を規制できるのは「規制目的がやむにやまれぬ公共的利益のため」で、
かつ「規制手段が必要最小限度」に限られると指摘。公民館は世論が二分していることを理由に
掲載を拒否しており、本来の規制目的・手段を逸脱、表現の自由を侵害したと主張する。

 また、趣味のサークルの表現活動に突然、公権力が介入したとして「民主主義の根幹を
揺るがしかねない重大な問題が潜んでいる」と説明。

 この問題でシンポジウムや討論集会が開かれるなど社会的関心が高く、自由な学習や
表現活動の場が失われかねないという国民の危機感の表れだと訴える。

「見過ごしてはいけない」

 「一年たったが、ほとんど何も変わらなかった。このまま私の俳句がなかったことにされるのは許せない」。
作者の女性は本紙の取材に、訴訟にかける思いをこう語った。

 女性が「梅雨空に-」の句を詠んだのは昨年六月上旬。東京・銀座で集団的自衛権の行使容認に反対する
女性たちのデモを見かけ、親近感を覚えたのがきっかけだった。
「自分と同じような女性が声を上げていたのに心を揺さぶられた。それで自然に詠んだ句で、
当時はこんなことになるとは…」と振り返る。女性は俳句が掲載拒否されて以降、市教育委員会の定例会や、
掲載を求める市民の集会に足を運んできた。そのたび、絶対に掲載を認めようとしない市教委の対応を目にした。

 「私はどこにでもいる普通の主婦。思ったことを発言することくらい当然の自由と思っていた。けれど、そうではなかった」

 訴訟になると「家族や周囲に迷惑がかかるのでは」と迷いもあったという。
それでも「自由に発言したり、表現したりできる今の社会は先輩方が必死に守り、育ててきてくれたもの。
私がこれくらいいいかと、見過ごしてはいけない」と最後は決断した。

 「平和を祈ったなんでもない私の句が、なぜダメと言われなければならないのか。このまま納得はできない」 (岡本太)

 今年一月一日から本紙朝刊一面に掲載している「平和の俳句」は、選者の金子兜太(とうた)さんと
いとうせいこうさんが昨年八月十五日の本紙朝刊で「梅雨空に-」の掲載拒否などをめぐり対談したのがきっかけとなっている。

東京新聞 2015年6月23日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015062302000122.html
----------------------------------------------------------

これに対し、掲載拒否が妥当という意見としては、概ね、行政の裁量の範囲内ということで
一致しているように思う。それに加え、そもそも掲句の品質が載せるに値しないほど低いという意見も
インターネット上では度々見られた。
裁量の範囲かどうかについては公民館の関連法案や司法の判断にゆだねられていることなので、
俳人として口を挟む意義はあったとしても実質的なメリットはないように思う。
裁判所の判断待ちだ。
しかし、作品の質が載せるに値しないほど低いという意見については、俳句側からのアプローチが
可能だと思う。

この句は「梅雨空に」に俳句としての含意があるにはあるが、あまりにも反戦平和の
画一的なパターンが見えてしまい俳句としてはお世辞にも優れているとは言えない。
何回か前の記事で言及した「優先席守ろうね俳句」と同じものを感じる。
なので、不掲載は妥当、とはもちろんならない。
たまたま見かけたデモに親近感を感じ句に取り込んだという経緯からして、
普段から普通の俳句おばあさん的な句を作って仲間内で楽しく遊んでいたのだと思う。
たまたま互選で点が入って、公民館月報に記載されることになった。それだけだったはずなのだ。
なので、すごく俳句が無防備で、ケチをつけようと思えばいくらでもつけられる。
公民館の月報に載るって言っても、句会で選ばれなかったら載らなかったわけだし、
載ったとしても公民館の月報レベルで、そもそも批判にさらされて耐えられるような
仕様にはなっていないのだ。
おそらく作者にとって、掲句はこれまで月報に掲載されていた他の句と何ら違いのない句なのだと思う。
だからこそ、行政の判断に憤りを感じて訴訟にまで発展したのではないだろうか。
しかし、句の防御力があまりにも低すぎて、不掲載で却って衆目に晒され、2chやら心無い政治家やら火尖から
通常だと考えられない罵声を浴びる。
これは相当かわいそうなことなのではないか。
(それを考えると優先席俳句に対する私の取り上げ方もひどかった。ごめんなさい。)

京大俳句事件のような検挙投獄がこれから俳人たちを待ち受けているなどというつもりはないが、
ただの俳句趣味の老人が句を発表するのに、政治に忖度しなければなられない時代に
なっていることに、そして、それが民主主義の時代の出来事であることに、官憲によって行われた
京大俳句事件よりもある種の醜悪さを感じるのである。

テーマ:俳句│ジャンル:小説・文学
俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/17(日)18:33

いやな空気

いまいち「戦争反対」が響いてこないのは、
日本人の大半が戦争を知らないこともあるが、
それ以上に、すでに戦争を許容してしまっていることに
あるのだと思う。

私個人が何より怖いと思うのは
戦争という行為のみではなく、
そこに至るまでに醸成される空気そのものだったりします。

何より、「戦争反対」に対し、響いていこない
という態度をとることが、なんとなく自分の身を守っているように
感じてしまう。そして、それはやはり恐ろしいことだと思います。

梅雨空に『九条守れ』の女性デモ 

この句を取り巻く状況について調べれば調べるほど
いろいろと言いたいことが出てくるので、少しまとめて書いていければと思います。


雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/17(日)16:22

石寒太の俳句

また貸しの本の戻らず獺祭忌 石寒太

子規はやはり、交流の広い人物だったから、
この措辞には合いすぎるくらい合っていて、そこはまぁ忌日だから
いい感じですね。あと、根拠なんかないんだけど、
この句の背景には水の流れる音がしますね。
帰ってこない本のことをふいに思い出せる一人の大切な時間、
もしかしたら、私が感じた水の音というのはそういう時間の流れる音だったのかもしれません。
それは獺祭だったり、意外なほど流麗な調べからも想起されるようです。


炎環 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/03(日)18:28

ネタかぶり

炎環の新年句会の愚痴を年末に書いたけど、
去年も全く同じことを言っていた。

これは、尖が悪いのか、
いや、そんなことはないだろう。

俳句漫画をアップしようとして、1ファイル2メガ規制に引っかかる。
スキャンで600dpiにしてしまったからかな。
300か400で取り直し。
がっくり。

ついにプロローグが終わるところまでかけそう。

ピクシブのほうにあげるかもしれない。


炎環 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/03(日)18:12

ブックマーク整理

明けましておめでとうございます。

年末年始に
俳句関連のブックマークを一気に整理した。
知らないうちにリンクが切れていたり、
移転していたりしていたみたいで、
ブックマークが半分以下になった。
それがそのまま私の俳句的空白の結果のようで
取り残された感が半端なかった。

ブログを読む。
他の俳人から刺激を受ける
何か書く、
俳句もできるという、かつての良いリズムを取り戻したい。

今年もよろしくお願いいたします。


雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/01/02(土)23:25

«  | HOME |  »


自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

Twitter...A

nishikawaksn17 < > Reload

火尖箱(お知らせ)

12月
現在迷惑コメント対策のためURLなど書き込めない状態になっています。ご迷惑をおかけします。

打率

探検する

探し物はなんですか

月刊火尖

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる