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同人の家

ぎりぎり人々の記憶にあるうちにまとめておかなければならないと思った。

事の発端は、高田獄舎のこのツイート、

田中惣一郎の里四月号に掲載されたぬのーという読み物。
要旨は「佐野波布一」を名乗るアマゾンレビュアーの生立ちを創作したもので、田中本人がこのようなツイートを投稿している。
尚、書き方がややこしいが田中が佐野波本人というわけではない。

佐野波布一の俳句関連のレビューは非常に辛辣なものが多数あり、特にbiwa句会(オルガン)、佐藤文香、小津夜景、関悦史などいわゆる現代俳壇の中でも最も勢いがあると目される者たちに対しては、かなり執拗な批難を展開している。実際のレビューは佐野波布一のサイトで確認できるので、一読はしてきたらいいと思う。
そして佐野波布一の正体が例えば伝統系の結社俳人だったとしても、一応ここでは俳句の門外漢の一レビュアーとして振る舞うことが彼の立ち位置のようだ。そして田中は佐野波のような長文レビューに対しては次のようなツイートで嫌悪を表明している

前置きというか下ごしらえが長くなってしまった。しかし大体料理も評論も下ごしらえさえ済んでしまえばあとの調理は混ぜて焼くとかして大抵すぐ出来上がる。私が言いたいのは、

・田中惣一郎が佐野波布一をどう嫌っていようと、拘っていようと心底どうでもいいのだが、その表明の仕方が論理的な反論ではなく、生立ちを創作するという嫌がらせ的な反応だったことが残念だった。
・「ぬのー」は佐野波布一が菓子を吹き出す下りとか、それを神経質に気にする下りとか、そういう描写でもってキャラクターづけがなされており、クラスの主流派が目障りな奴を貶めるときに癖や言動をからかい囃し立てるいじめに非常によく似ている。(しかもその癖や言動すら田中の捏造という)
・そしてその目的が佐野波布一探しという「お遊び」だという。いじめ加害者のいう「遊んでいただけです」と同様の言い種だと思う。
・フィクションだからといって何を書いてもいいわけではない。取材もせずに他人の生立ちを勝手に創作して、モンスターだアマゾネスだと言っていいとは思えない。物を書く上で当然すぎることだと思うが、しかし大事なことなので都度言っていかねばならないなと今回の件で痛感した。それは趣味だろうと仕事だろうと文章や出版に関わるものが必ず持たねばならない倫理・態度だろう。

次に、これを掲載した里編集部員の意見を全てではないが列挙する。

言いたいのは、里編集部はどうだとか、どうしてほしいとかではなくて、この記事を書いた動機に当たる部分なのだが、結社の同人制でも同人誌でもこの「同人」という感覚はやっかいだなぁということだ。同人とは同じ趣味や志をもった人、仲間、集団ないし共同体のことである(ウィキペディア)のだが、ある意味「他人」の存在しない領域である。そして倫理というのは「本当の他人」がいて初めて成り立つ概念なのではないだろうか。
「同人」が同人の作品を守ろうというのは当然のことで、それがあるから安心して作品を書けるというのはある。ただし作品を守るあまり、多くの同人集団は「倫理」を表現の対立概念としてしか認識できなくなってしまっているのではないだろうか。
表現が「他人」に向けてなされるものである以上、本来は倫理と表現は対立するものではなく、表現が自由であることの担保として当然内在的に備わっていなければならない制限が倫理のはずだ。
同人内で身内が身内同士褒め合ったり、けなし合ったりしても一向に構わないと思う。家にいるようなくつろぎは貴重で内輪だろうと何だろうと価値のあるものだと思う。ただし、同人誌は内輪で固まりつつも、雑誌としては外に向けられたものならば、窓から覗かれるし、ドアから声をかけられるし、そういう家で暮らしているということは自覚するべきだろう。

私は建前をとても大切にしているので、「ぬのー」のようなネタはクローズドな内輪の飲み会ででも披歴すれば良いと思う。

尚、そういうことで外山一機の文章と本件で私のいいたいことは、微妙だが多分かすってはいない。しかしこれきっかけでやっぱ書いとかないといけないなと思ったので参考としてリンクを貼る。


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俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2018/05/28(月)02:14

適者生存

多少感傷的になってる。

以前、薄い漠然とした不安に対して、自分の俳句は本当によく反応してくれて、それなりに納得の行くものが作れていた。それは、薄曇りの中にナイフをかざしてキラキラと反射させるのに似ていた。それだけで何かしらかの達成感があった。
ただ、今、眼前にある壁のような危機に対して、同じようにはできないし、やってみたところで虚しさが勝ってしまう。
これまで、新しい句を求めながら、意外なほど正直に俳句で掬える範囲のことしか俳句にしていなかったのだ。そして、それに耐えられなくなりつつも、ナイフを壁に突き立てることに躊躇している。

春風や闘志いだきて丘に立つ  高浜虚子




未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2018/05/10(木)20:48

リセット

安倍主義に関しては、正直言って国が滅びるまでの我慢だと思う。そうでも思わないとやってられない。

戦後、そのチャンスを得てもどうにもならなかった結果が今なわけだから、期待薄だけど。

今度の戦争で、日本人は、少しは利口になるだろうか。非常な疑問である。教育を根本的に変えなければ。(清沢洌 暗黒日記)

こういうのは、TwitterにもFacebookにもリンク貼れないね。


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2018/05/08(火)19:20

詰んでから

今後、少子化が回復することは多分ない。

今以上に国保や年金制度、税制、インフラなどが維持できなくなるが、同時に現在の国粋的な政治嗜好も最後には立ち行かなくなるし、その途中で国際的な影響力はかなり小さくなるだろう。あるとしたら核武装からの「侍国家」化だが、そうなるともうほぼ詰んでいる。安倍主義は詰んでからが醜く長いのと、国民に「将棋」のルールを知るものが少ないので、駒を全部取られるまで続けるしかないかもしれないが、それでも目算で百年以内にはほぼカタがつくだろう。

その後は国際的な政治空白地帯になってしまうが、学問をないがしろにしている政体からまともなプレーヤーが出るとは思えないので、ようやくここで生き残りは自業自得と自己責任の意味が理解できるかもしれない。いや、無理だろうな。生き残ってしまってる状態では過ちに気づくことができないというのが、そもそもの病巣なのだから。


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2018/05/07(月)08:41

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自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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