FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告--/--/--(--)--:--

細々としたこと

句作の不調について

句会(ネット句会から普段使いまで含めて)では点が取れるのに、不調感が消えない。不調感の原因について今有力な仮説が、作った句を「現実」に投げるのだけと、受け入れ先の「現実」で酷いことが起きすぎて、句に説得力が感じられなくなってしまっているのではないか。事実は小説より奇なりというか、自作が現実のどこにも刺さらないように思えてしまって前後不覚に陥っている。
白泉、三鬼のような時代になれば、俳句は今度こそ最後の輝きを見せるのではないかと思っていたが、少なくとも私に関しては再考が必要らしい。それについてはNHKラジオの青木さんの俳句の番組で言っていた戦時中(統制社会下)も大方の人は普通の日常詠をしていたというところをもう少し調べないといけない。
自分の不調を現実のせいにするなんて腰抜けもいいところと思われるかもしれないが、ある意味現実を信頼して対峙してきたところはあるので自分の中では当然の不調と言える。

俳句の賞をもらう前に会社の賞を貰ってしまった。面倒なことにうちの会社でも改善活動と言って業務を効率化させたり、生産性を上げたりする活動が義務付けられていて、期末ごとに数を一定数揃えないといけないのだが、なにか作っても報告の段になると面倒で「ましになった」とか「よかった」とか「風邪を引かないように気をつける」とか小学生並みのコメントをつけてだしてたのだが、それも面倒になって、調査時間が三十分くらい短縮できるツールを後輩さんとの連名にする代わりに後輩さんが報告書を書いてくれるというので全部おまかせした。そしたら効果測定とか金額換算とか正確にやってくれて、何かめっちゃすごい風ツールにしか思えないような印象で、社長賞になった。賞金は二人で山分けだけど、俺が報告書書いても「結構いいと思う。時間が浮くし簡単で便利」とかしか書かなくて埋もれてしまっていただろう。後輩すごい。そもそも改善活動がお金になるなんてほとんど知らないというか意識してなかったし。
俳句より会社のほうが簡単にお金になるんやなぁ。


スポンサーサイト


未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2018/06/08(金)13:53

裸の王様問題

通勤中のためリンクを貼ったりは全部は無理。
参考リンク

高田獄舎のツイートより
勝者「「オルガン」系の俳句は所詮はオルガン村の中でしか通用しないような[方言]で書かれていると思う。意味不明の俳句を作ってはお互いに「うんうん、わかる」と言い合い安心しているようにしか思えない。それは単なる[自閉]だ。もちろん例外はあるし、宮本佳世乃さんの句には圧倒されるけれども。」

勝者「表現を弄りすぎて、読んだときになにも伝わってこないような句は問題がある。俳句界は無駄にプライドの高い奴ばかりだから、伝わらない句とその作者に対して、伝わらないよと言えない空気がありますけどね。」

勝者「「オルガン」について批判的なことを言えばすぐ叩かれるのは興味深い。どうりで鴇田や田島らの句に対する批判をほとんど目にしないわけだ。」

単純な例え話に置き換えてしまえば、彼は「王様は裸だ!」と言っているのだと思う。そして、それに対する反応が芳しくないことに苛立ちを表明している。
しかし高田獄舎のツイートに対して批判殺到かというとそうではなく、青山茂根による返信や久留島元のリンクなど考えるべき評を寄せているものもいる。あとは大塚凱の返信は今後の話の持ってき方について冷静なものだろう。総じて様々な反応があったものの、どちらかというと反応の数自体は限られていたようにも思う。

この、王様は裸だ!に対して、
原作童話であれば、王様は馬鹿には見えない服を着ているがそんな服などあるわけなく、正直な子供と、ないものをあると言い張る大勢の図という教訓めいた寓話になるが、しかし俳句の場合は、「人によっては見えない服」というのは確かに存在する。吟行の中だけで成立する句や、知識で読みが広がるものなどはそのわかりやすい例だが、読みの1パターンとして、見えない分からないはあると思う。もちろん見えないのは馬鹿だからだと言いたいわけではなくて、その句が誰に見えて誰に見えないのか、それがなぜなのか、見えるという者は本当に見えているのか、見えるとは何なのか、見えないのは句のせいなのか読者のせいなのかという、俳句と他者の関係について考える必要が出てくるのだと思う。この俳句の「分かる分からない問題」は多くの人があちこちでずっとやってきたもので目新しさはないし、大切な問題ではあるが答えが出なくてきりがない。その昔GLAYも「疑いだせば きりがないから僕達はいつの頃から本当の気持ちを言えず黙る事を憶えた」とBE WITH YOUで歌っている。

高田獄舎はおそらくオルガン賛美はオルガンという「ブランド」を無批判にありがたがっている読者が多いのではないかという疑いを持っていて、そのブランドの構図が「分かる分からない問題」に余計な影響を与えていることを主張して批判したいという意図があるのかもしれない。しかしこれも疑いだせばきりがないというか、彼自身が納得する「彼の意に反した答」が果たしてあるのかどうか。

オルガンメンバーについてはよく知ってるとまでは言えないが、しかし何度か句座はともにした感想として、彼等が「ブランド」に寄りかかっているとは思えない。
高田獄舎のオルガン批判に反感をもつ読者は、自分の反感がどこに根ざすものなのか考えるにはいい機会だと思う。その際、「批判自体はいいんやけど、「無駄にプライドの高いやつばかりだから」だとかの言い方がね」と思うのも無理はないが、今回はそこまでひどくないしそこはもう割り切ってなんとかしなな(通勤中につきまとめ投げやり)(なんだか彼の言い振りは的を絞らせないというか彼に対するまともな批判を躱す効果を発揮してるように思えて、彼の生来のものなのか防御の手段なのか気になる)




未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2018/06/06(水)08:57

«  | HOME |  »


自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

Twitter...A

nishikawaksn17 < > Reload

火尖箱(お知らせ)

12月
現在迷惑コメント対策のためURLなど書き込めない状態になっています。ご迷惑をおかけします。

打率

探検する

探し物はなんですか

月刊火尖

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。