交換

俳句から離れて数ヶ月、いや、気づけば1年以上たつのかもしれません。
先月2度目の投句を落としてしまいました。
句会にはずっと参加していません。
いまさらメールの返信を出すのもひどく憚られてしまい、
身動きがとれなくなってしまいました。

今では歳時記を開くことも殆どなくなりました。
一冊目はぼろぼろになって、実家においてきました。
2冊目は古本屋でもいい値がつくくらいにはきれいなままです。
炎環は先生の句と知り合いの句、
自分の句をチェックして閉じます。
何故そんなことになったのか。

学生時代は殆ど俳句のことしか考えられませんでした。
手酷い失恋もしたし、就職も本意のところではなかった。
そういった屈託の全てを俳句に背負わせたりもしました。
俳句をやっていないとどうにかなってしまいそうで、
それでいて、伝えるべきこと、詠むべきことはなにもない、
あってはならないという考えで、ただひたすら俳句を作ること
自体を目的としていました。日記や、手紙じゃあるまいし、
純粋に俳句をするということは、俳句を作ることだけが目的でないと
おかしいという考えでした。

就職しても、その考えは変わりませんでした。
俳句を何かの手段にすることを嫌悪し、俳句自体が目的であらねばならないと
このブログでも何度か述べたように思います。
しかし、当時の句は

公園の便所日焼の眼を洗ふ
踏切の先が木枯し売れず帰る
明日君に会ふマフラーを解かれる

など、生活への不満や恋愛の些事などの
パーソナルな感慨を人の眼に晒すことを目的としたものが多く見られました。
そうです、もともとが屈託から入った人間にとって、結局、
自分の身の内と外界の差を確かめる手段としてしか俳句を

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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2014/09/06(土)23:48

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自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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