ライン

週刊俳句のこの記事を読んだ。
俳壇と「悪魔界のうわさ」、 加えて「石田郷子ライン」という語について
記事が出てから俳句界隈がざわついたのが面白かった。

筆者は以下引用のように言うけれど、
「そしていま、「石田郷子ライン」という言葉が、まさに僕らが置かれているこの状況のなかで、生き生きとした力を持ってしまっている。けれど、この言葉は、俳壇を構成する噂以外の何物でもない。このひたすらにキャッチーでしかない言葉は、それ自体としては個々の作家や個々の句の質を表現してなどいない。この言葉の成立に作家や句についての詳細な分析が伴っていたわけでもない。それは、いくらか操作された印象に基づいて、ただなんとなく噂としてすでに流通してしまっているだけのものに過ぎない。にもかかわらず、僕らは、たとえば『草の王』を読もうとするとき、あるいは『櫻翳』を 読もうとするとき、もはや読む前から、この噂を思い出さずにはいられない。このとき、僕らの思考に影響を及ぼしているもの、このインフルエンザ、これが俳壇だ。」


私は、ものすごく大雑把に、浅い理解で、多分的外れかもしれないし、そもそも的がどこかも分からないが、
「石田郷子ライン」って一種のカラーバス効果なんじゃないかって思う。

ウィキペディアより引用
「カラーバス効果(カラーバスこうか、color bath)とは心理学用語の一つである。カラーバスは「色を浴びる」の意。 意識していることほど関係する情報が自分のところに舞い込んでくるようになるといったものである。例えば、「今日のラッキーカラーは赤」といわれると、街でその色ばかりに目が行くなども、カラーバス効果である。」

そもそも、
「この言葉の成立に作家や句についての詳細な分析が伴っていたわけでもない」というように、
ただ中原道夫がそう言ったというのがこの言葉の出自である。週刊俳句時評78
そして、ここでいう軽い句、生活臭のない句は何も石田郷子ラインの専売特許ではないだろう。
高浜虚子にだって、水原秋櫻子にだってあるだろう。
もっともそういうことを言っているのではなくて、
検証されていないふわふわした状態(噂)発のキャッチフレーズが読者にバイアスをかけることを
指して、「これが俳壇だ」と言っているのであれば、
そういったバイアスはかかりたい人にしかかからないんじゃないかなぁとも思うのです。
かかりたくてかかるとも言えるかもしれない。
しかし、もちろん、この場合はこうだというだけで、いわゆる「俳壇」の問題がなくなる訳ではないし、かかった人がどうなってしまうのかってのも、考えるべきだと思う。

ちなみに火尖は保育園のころビックリマンシールの大ブーム期で
確かにシールを集めていたけど、裏の噂なんかには全く興味がなくて、というか字が読めなくて
ひたすら「キラ」と呼んでいたホログラム系のシールを大事に大事にしていた。
今だって、誰かに自分の句を読んでもらったとか、褒めていたとかいう噂は
全然多くないけど、とてもとても大事にしている。
まぁ、シールは全部なくしちゃって、これは全くの余談で、
結局、週刊俳句の記事に対して何が言いたいかって自分でもよくわからないんですけどね。

何か何でもいいから、言いたくなってしまう面白い話題だった。そこに尽きるのだと思う。

追記:誤字訂正
名前を間違えてました。響って…
すいません。

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俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/02/03(水)02:05

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kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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