言っちゃった感

果敢にも会社で俳句を勧めることがあるのだけれど、その時、
「ここで、一句!」とか言われるとその後の微妙な空気が見えてしまって正直きつい。
しかし話の流れで、ええいままよ!となるだけ自信のあるやつを出すと、
大喜利的な答えを期待されていて、「そのこころは?」って、
そんなの用意してるわけなくて「えっ?」ってなると、向こうも「えっ?」ってなって、
やっぱり微妙な空気になる。
一度、「なぞなぞになっていない」みたいな批判?をされたときなどは、
こっちが「そのこころは?」って聞いてしまいたかった。
が、よくよく考えると、その心は、どうしても俳句には俳句の読み方ってものが必要で、
なんとなく先輩も、この大して興味のないよくわからない片言を
そのまま読むものではないと思ってくれて、「謎解き」に答を求めたのではないかと思う。

また、ある日などは後輩の割合素敵な女性に俳句を勧める好機が訪れたのだけど、
「私、サラリーマン川柳大好きなんです〜」って言われて、「俺も俺も〜」ってなって、
なんだか楽しい時を過ごしてしまった。結局サラ川に投句する話になって、作ろうとしたのだが、
中々納得いく句ができなくて機会はのがしてしまった。

よながひろみさんの下記ツイートも含めて、どうもこの辺りが
俳句をやらない人の「俳句」に対するイメージとして固まっているのだと思う。
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初心者が5と7と5の合間を空けたり改行入れたりするのも半分ぐらいが友蔵のせいじゃない?と乱暴に思ってたりさえする。
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そこで、会社で俳句の話をする際に感じる壁を「友蔵サラ川ライン」とつぶやいてしまったのだが、
思った以上にこの線引きに強引な説得力を感じると同時に、俳句への関りについて、傲慢に分断してしまった
ような言っちゃった感というか、罪悪感を持ってしまった。
慌てて、自省をこめてなどと言い訳をして、「俳人が防波堤にしている」などと呟いてみたけれど、
なんだか、余計墓穴を掘った気持ちになってしまった。少なくとも今自分が生んだ言葉を防波堤にするなんてことは、
「俳人が」ではなくて「火尖が」と言うべきだったと思う。
そして、おそらく俳句を「そのまま読むべきではない」と思った先輩の気づかいみたいなものを
「友蔵サラ川ライン」は塗りつぶしてしまう気がしてならないというところまでが最新の弁明です。
その一方、俳句の世界の最外部の国境を偶然見つけてしまったような、
面白味を感じてしまったのも、まぁ事実と言えば、事実なのでしょうがない。

ちなみに私が俳句を初めたころ、明確にその国境を越えたことを自覚したかと言えば、
恥ずかしながら答は「イエス」である。

あと、友蔵はおいといて間違っても俳句と川柳の優劣をどうこう言う意図はないです。
それぞれいい句もあれば、そうでないのもあるとしか言いようがない。

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テーマ:俳句│ジャンル:小説・文学
俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/02/05(金)20:58

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自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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