敗色の豊かさを覚えている

いろいろな締め切りを順番にこなしていたら
ブログを更新する時間が中々とれなかった。

このブログも思えば十年続いているわけで、
先日8年前に作った四S占いが再び日の目をみることがあった
そういえば、「クリスマスは俳句でキメるをやってみた」を書いたのもこのころだし
俳句漫画に手を出したのもこのころだ。
このころは、無職で、定職に就くことばかりに焦っていて、
もはや何でもいいから、仕事を探していた時期だった。
おりしもリーマンショック後の不景気で、第二新卒だった火尖には
どこも雇ってくれる会社なんかなかった。
採用担当の人に、「5年後君の同世代の人間はポツポツ出世しだして、
部下を持ったり、車や家を買ったりするものもでるかもしれない。
一方君のような人間はどんどん落ちぶれ碌な仕事にはつけないだろうね」と言われて、
そうだろうなぁと納得してしまったりしていた。
今や、その彼女の言った五年後はとうに過ぎたが、半分あたり、半分はずれの生活をしている。
結局、その後彼女の予言通り、碌な仕事にはつけなかった。
現状を脱しようと精一杯足掻いた結果臨んだ公務員試験や大学職員試験は全敗。
横国大の最終面接と八王子市の三次面接は、今も悔やまれるほど酷い失敗をした。
そこから見切りをつけて、今の職場に移ったのが、果たして良い結果だったのか
少なくとも、子供もできて、ひとまず住む場所にも困ってはいないので、
あのころ定職につけなくて、焦っていた自分には、報いることができたのではないかと思う。
しかし、無職のころのブログの記事は今読んで面白いものが多く、
どれも今の自分には書けそうにない。敗色の豊かな時代だった。
もしもの話ほど無意味なものはないけれど、好きな俳句を突き詰める絶好のチャンスだったのかもしれない。
可能性というのは過ぎてしまえば、うらやましくて仕方がないが、
しかし、その渦中にいるものにとっては、何にもなれない不安そのものだ。
そこでは、自分を信じられるかどうかだが、火尖は自分を信じることができなかったし、
俳句で生活をどうこうする可能性を高めるだけの行動をしてこなかった。
それで、今のほどほどの幸せを手に入れてしまったのだから、
俳人としては、はっきり終わってるという自覚だけは持とうと思う。
俳句を始めたころに、むさぼり読んだ藤田湘子の著作や自伝から
名付けた湘子曲線という俳句成功の道(笑)からは大きく外れてしまったが、
それでも、俳句をやめることはないだろうとは思う。
小遣い稼ぎがきっかけで、俳句ちょろい!って思っていた過去からすれば、
ずいぶんとまぁ、とりつかれたものだなぁと思う。

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雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/03/16(水)02:13

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kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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