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子連れ句会二回目やるよ!!

二回目の子連れ句会が近いので、今回のテーマの自分より大きい動物についてちょっと書く。
結構ね、子連れ句会は俳句の新しい角度のイベントになれるかもしれないなあと思ってる。定着してもっと広がればいいなぁ。行こうかなぁって迷ってる人がいたら、おいでって自信を持って言える多分。

適当に、動物の俳句について。
大きい動物ですぐ思い浮かぶのは、飯島晴子の、「月光の象番にならぬかといふ」だけど、よく考えたらこの句は象ではなくて、象番が詠まれた句で、さらに言えば象番よりも、月光の印象について書かれている気がする。でも、いい句だから許して。「ならぬかといふ」のあたりに月光の降りてくる感じがするのだ。
誰が言ったのか忘れてしまったが、良い俳句というのは、狙ったマトのさらにもう一枚向こうに思いがけず届く俳句だという言葉を思い出す。

「恐竜には致死量の憂鬱だつたか」
松本恭子と言えば、「恋二つ レモンはうまく切れません」で名を馳せた俳人だが、どちらかというと私は彼女の等身大の俳句よりも、肥大化した感情を持て余す句に魅力を感じる。
掲句も恐竜という巨大さや鈍さが、却って憂鬱に対する、なす術のなさを強調している。このように巨大な対象を詠むことで、それに降りかかる効果をさらに強調できるというのも大きなものを詠む醍醐味と言えるかもしれない。
同じ作者の「鏡よ鏡人間たちの燃えやすき」も夥しい人間の量というスケールメリットを存分に活かしているように思う。

その他に
父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し 寺山修司
桜散るあなたも河馬になりなさい 坪内稔典
生き急ぐ馬のどのゆめも馬 摂津幸彦
秋の馬水にかこまれゐて寧し 大木あまり
遠雷や麒麟の長き舌は濡れ 柿本多映
など、小動物ほどではないが、様々な句が試されている。

そもそも大きい動物を見れるようになったのは動物園の登場によるところが大きいので小動物よりは、歴史が浅いのはもうしょうがない。
見方を変えれば、まだ手垢のついていない領域が残されてるかもしれない。

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俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2016/07/16(土)00:24

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kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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