慣性細胞

もちろん私は国家有機体説など支持してはいないけど、例え話として、人と同じように国だっていつか死ぬ。
それは、仕方がないことだし、その際に立ち会えるのは、むしろ、面白がるべきなのかもしれないけど、目の前のそれがあまりに醜悪な死に方で滅入る。

大病を患って、自律神経は乱れ、ボケて、金銭感覚も平衡感覚も理性も知性も自制も失って、暴力性と幼児性が増して、それにも関わらず、自身ではそのことに全く気付けない。諫める者も心配する者も恫喝して追い返す。莫大な借金は自身に掛けた保険金で返すつもりだろうか。
国家がこの状態でも平気な人間は、自身を大いなるものに帰属させて安心するタイプの人間だろう。つまり自身を国家の細胞の一つと目しているわけだから、客観的な視座は皆無である。当然、国の異変に気付くわけがないし、暴力性にも幼児性にも無自覚になるのは仕方がないだろう。国家への批難を直接自身への攻撃と捉えているのだ。それはほぼ反射に近い。つまり慣性の中にいるとはそういうことである。

一方、「個人」としての自覚のある者なら、死にかけのボケ国家が、老後資金を崩して外国に貢いだり、国のOSやレジストリを中世バージョン並みにデグレしようとするのを、(傍観するしないはともかく)好ましいと思う者は少ないだろう。癌にかかっていることが分かれば摘出手術を勧めるだろう。しかし、もはやそれを聞き入れられるような状態ではないようである。

自身と国家を同一視する人間たちはその構造上自省することが不可能なので、仮に壊滅的な結果になったとしても、まさか自分たちがその所業を引き起こした主体であったとは、理解することができず、同じ過ちを繰り返し続けることは、今まさに証明されつつある。
そういう生き方は、幸せかもしれないが、私個人は個人の尊厳にかけて絶対にお断りである。

Twitterに共有するには少し強く言い過ぎたかもしれないので控えるが、どんなに優しく言おうと伝わらないものは絶対に伝わらないので、強いも弱いももはや関係なく、言いたいことを言いたいように言ったっていいだろう。

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未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)2017/02/18(土)01:57

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自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

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好きなのは言葉。

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