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単純疲労

例えば、国内では死刑制に賛成が九割、うち半数が命で償うべきが理由だそうで、賛否はともかく、単純だと思う。
遺族の気持ちよりも、そんな奴は死ねばいいという期待から来てるんじゃないか。スッキリしたいという気持ちの方が強くないか、外野は。
監視国家と監視社会の違いは、後者は自ら率先して、もしくはビジネスとして相互的な監視システムを立ち上げる訳で、国が一方的に監視するのではない。
子供向けケータイのフィルタ機能だとか、GPS、街をあげての防犯カメラの設置、どれも望んでそうなってる。子供に声をかけることを不審基準とすることも。
俺は性悪説が応用と説明がきくので便利で事実だとは思うけど、
今は息苦しいし生きにくい。

みんな自分で自分の首を絞めていて耐えきれなくなってきている。自殺者が三万人越えってのはその結果じゃないかな。みんな自殺の途中だと思う。

そんな中で、たまに自分の首を絞めていた手を放して他人の首を思いっきり絞める。それが異常な殺人であったり死刑の快楽であったりする場合はないか?

性悪説にたって考えると、死刑だって欲求充足、ガス抜きの一手段に見えてしまう。

遺族が加害者を殺してやりたいってのは仕方がないと思う。でも九割の賛成者は理解者ではなく遺族側の観客だと思う。
観客の声がでかすぎて、尚且つ集団で単純で、遺族と加害者を取り囲むわけだから、始末が悪い。

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