白南風や独裁志望欄埋める
夕虹やつま先立ちは地を離れ
万緑へ開く大脳新皮質
自転車の虹引く背中丸めけり
蚊の落つる如くに上がる花火かな
昨日
そのくせ結構理屈っぽいという批評をいただいたわけで、非常に悔しい。その批評が的を射ているかどうかなんて関係なく、悔しいものは悔しい。が、良い勉強でもある。そして理屈の良さもある。
無批判に褒められるよりはずっといい。もちろん反発するけど。
海に出て木枯帰るところなし
なんかは言ってしまえば理屈である。
もし理屈や意識の働きを無視したら、言葉のつながりを制御できない。だから偶然と本能に佳句を期待するようになるんだけど、本能は無意識の理屈だな。
句の根底で言葉を繋ぐ理屈を如何に見えなくするか、もしくは臭みをとるか、そのあたりに今後のヒントがあるのかもしれない。そして俺はそれを理屈のない俳句と呼ぶんだと思う。本能偶然系は偶然できたとき意外は作品とは呼べんよ。


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