いろいろな批評にさらされ作家は育っていくんでしょう。
理屈的 面白半分に軽薄に言葉を使う
月並み俳句に下される評価みたいだ。
一面正しい。とは思う。そうだ、それは火尖のことだ。
言葉を繋げる行為は広くいえば理屈の分野に入るし
面白いと思う言葉を選ぶ。
そして、軽軽しく使う。
劇的な体験をした人にしか、生命の重みを感じた人にしか、劇的な言葉、生命を感じる言葉が許されないのだとしたら、詩人のほとんどは戦場体験と闘病生活を経て生き残こるしかあるまい。
実体験を軽視するわけではないが、実体験が条件ということはあるまい。
俺は俺の守備範囲を超える言葉ですら、俳句的美があると思えば、どんな非難を受けようと使う。
夏空の圧倒的な消去法
も
万緑へ開く大脳新皮質
も、
言葉のためなら敢えて軽薄になることも厭わないで作った句だと思う。
句の主人公と作者との絶対的な乖離。
俳句は私性を離れても存在できると信じている。
爪立てて女の汗に乗せにけり
五月雨や紙幣吸ひ込む券売機
梅雨闇に沿ふビル街の隙間にて
梅雨曇愛国心がぞぞと動く
指差しを抜けて背後の蛍かな
理屈的 面白半分に軽薄に言葉を使う
月並み俳句に下される評価みたいだ。
一面正しい。とは思う。そうだ、それは火尖のことだ。
言葉を繋げる行為は広くいえば理屈の分野に入るし
面白いと思う言葉を選ぶ。
そして、軽軽しく使う。
劇的な体験をした人にしか、生命の重みを感じた人にしか、劇的な言葉、生命を感じる言葉が許されないのだとしたら、詩人のほとんどは戦場体験と闘病生活を経て生き残こるしかあるまい。
実体験を軽視するわけではないが、実体験が条件ということはあるまい。
俺は俺の守備範囲を超える言葉ですら、俳句的美があると思えば、どんな非難を受けようと使う。
夏空の圧倒的な消去法
も
万緑へ開く大脳新皮質
も、
言葉のためなら敢えて軽薄になることも厭わないで作った句だと思う。
句の主人公と作者との絶対的な乖離。
俳句は私性を離れても存在できると信じている。
爪立てて女の汗に乗せにけり
五月雨や紙幣吸ひ込む券売機
梅雨闇に沿ふビル街の隙間にて
梅雨曇愛国心がぞぞと動く
指差しを抜けて背後の蛍かな


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