脱走企画
CM
毎週日曜
週刊俳句
ノルマ達成で勝ち取った休息は本当に僅かで、先週の金曜には、もう土曜なんて来なければいいと思うほどだった。弱者の人生は飴と鞭、生かさず殺さずで、春の訪れ三寒四温とは全くの別物、土曜日曜はパンとサーカス、仕事帰り酔いに任せて同僚の家に泊まり、そのころ携帯の電池が切れたので、日曜の今ももちろん携帯はそのままだ。
今日は図書館とブックオフという貧乏読書コース、そして家に帰って本棚を耕して、本当に久しぶりに自分の時間を使った気がした。
そして大学時代の音楽を大学時代の大きさでかけ、去年の今ごろ書いた文章を見つけたのだ。
去年の俺は社会人目前で、大体のことを諦める準備をしていた。
「二回生のころ発作的にはじめた司法試験の勉強は結局というか当然というか途中で投げてしまい、高校の頃頑張ればなれるとふんだ公務員も頑張らなかったので受けもせず、ようやく内定したよく分からない会社で約百万円の機械を売り歩く人生が待っている。就活を続けてもよかったが、そすうるにはあまりに夏が暑すぎた。暑いのが嫌いで意志薄弱な自分の腹などすぐに千切れるかもしれないが、もう腹をくくるしかあるまい。」
などと、頑張らず諦める自分の性格が出ていて、叱りたくも慰めたくもなる。ああノスタルジーは若さの敵だ。しかし仕方が無いのだ。仕事を辞める同期が多くて、辞めたがる同期はもっと多い。
毎週この時間になるとやってくる憂鬱を嫌いになれないのは、困る。辞めたいと思っている自分が好きなのは馬鹿だ。大馬鹿者だ。