枠外者ということ

無題  西川火尖


湯たんぽや牛の寝言のやうに父

柚子貰ふ布の鞄の深緑

電飾の鯨サーカス団来る

すき焼にしやうか肉じやがになった

歳晩の戸板に何か貼つた跡

四捨五入して枯草の残りけり

うまく言えない鯨を花に例えると

桃色の牛の耳札冬ざるる

豚汁や布巾を畳むことの無し



夕焚火海の跡だと言はれけり



俳句関連話題めぐり


俳句九十九折(16)
俳人ファイル? 正木浩一

http://haiku-space-ani.blogspot.com/2008/12/blog-post_14.html

正木浩一は尖の大好きな俳人の一人です。俳句を始めてしばらくたったころ、尖に炎環を紹介してくれた山鳥しだりさんが教えてくれた俳人です。
刃の如き地中の冬芽思ふべし
冬木の枝しだいに細し終に無し
などに驚きました。
参照先の文中では彼が正当に評価されなかったことに触れています。また、日々作られる膨大な句の中から良いものを選ぶことの難しさ、目利きの不在など俳句でよく言われる問題についても話が及びました。
でもね、それはね、責任逃れですよ。
不可能に近いことをあげて、それをしなければ解決できないなんて言うのは。
問題は評価が上がらないことにあるのではなくて、
評価が下がらないことにあるのです。
俳句雑誌に毎号登場する有名俳人、
彼らの句がいつも名句なわけないじゃないですか。
下手な句を載せれば評価を下げればいいんです。
膨大な句数の中から良いものを選ぶよりずっと簡単でしょ。
椅子さえ空けばあとは新しいやつらが勝手に奪い合いますよ。




深いとか浅いとか……いや言い出したのは自分だ、すまん

『現代詩手帖12月号 現代詩年鑑2009』高柳克弘氏記事に応答して

上田信治

http://weekly-haiku.blogspot.com/2008/12/blog-post_3779.html

俳句の深さ浅さについて、なんだか難しいことを言っているので全部は理解できないが、昔受けた哲学の授業では、相対的な考えは便利で受け入れやすいが、それだけでは埋まらないということを教授が言っていた。もちろんその教授は人気がなかった。
普遍の価値というのはあるのだと。地球はひとつなのだと。
さて、深い浅いである。
浅いといわれる俳句はゼロ地点に近い位置にいる。汚れていない。
深い俳句はいろいろなものを抱えている。
深い俳句は「私に」評価できるものであり、
一方、新しい俳句は「私にとって」の部分を使うことができない。
それならば普遍の価値を信じるのだ。フォースを信じるのじゃ。

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テーマ:俳句│ジャンル:小説・文学
俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2008/12/18(木)14:55

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自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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