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俳句はインスタレーションなのか

俳句はインスタレーションなのかもしれない。
特に句会における俳句はまさしくインスタレーションだと思う。

俳句を写真や絵画などと同列に話したがる俳人は多いが、
決して写真や絵画が偉いというわけではないのに、何だか大げさに言ってるみたいな気がしていた。
違和感があるのだ。
なんというのかな写真や絵と違い俳句は自明なものではない。俳句は俳句だけで立つことが難しい。

インスタレーションも同じく、一時的なものであり、特定の場所での体験者の体験なくしては成立しえないものである。

句会などが終わると途端に揮発してしまうような。その場限りの俳句。
それがいいのか、それもいいのか、それでいいのかは分からないが、
それは確かにある。
そのような俳句を保存することは難しい。
表現・記録方法において俳句は句集という形式を選ぶべきではなかったのではないか。
少なくとも句集は俳句の本筋ではない。

「文台引下ろせば則反古」by芭蕉
って既に芭蕉にまとめられていますが、
俳句を広めるにあたって句集出版は役に立たない。
となれば空間的俳句体験の雄は句会であるが、
それは敷居が高すぎる。
句集、句会に代わる
新たな「体験的」俳句表現が求められている。
体が動くなら
句集なんか出している場合ではない。

出したいけどね。




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テーマ:俳句│ジャンル:小説・文学
俳句の振れ幅 | コメント(0) | トラックバック(0)2009/01/03(土)13:10

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kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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