就職したのでここ数年を振り返って見る 3

行き当たりばったり感漂う会社だったけど、品川勤務はほぼ予定通り6月1日までになりました。
宿舎は会社が借りたレオパレスで、通勤に90分以上かかっていました。本当はもっと品川から近いところも選べたんだけど、せっかくだからみんな一緒のところにしようということで、部屋数の多いそこに決めたんだと思います。結果的にはそこを選んでよかったですよ。
1ヶ月限定の暮らしなので、生活物資を買っても一人では使い切れません、それにコンビにまで15分かかるような立地でしたし、気軽に買い物ということもできなかったんですね。だから大抵週末には誰かが買出しに行って、それを部屋に小売しにくる、あるいは物々交換する、ということをやっていました。
料理もするようになりました。もっとも、まな板も包丁もないので、俺が作るのは
食材とじゃがりこをちぎって盛る男の料理です。食器も満足になかったのでコップにいれて食べていました。
米は彼女さんが来たときに炊いてくれたのが冷凍してあるし、鍋で炊く方法も教えてもらっていたので、そこまで外食に頼らなくて済みました。
天王洲の一件があってからも仕事にとくに変更はなく、相変わらずの毎日でしたが、
まぁ大きいビルは少しだけ避けるようになりましたね。
あと、案内板は携帯のカメラで撮っていくようになりました。
自分が今やっている仕事が何になるのか、そういったことはまったく知らされていなかったので、不安もありました。あとで知ったのですが社長の思いつきだったらしく、上長も自分たちが何をやっているのか良く分からなかったらしいです。
他の営業所のメンバーはもう営業をしているので、少し取り残されたような気になっていました。残って営業の練習をしてもらうようになっていました。
リストアップしたテナントの件数はそのころには4000を超えていたと思います。
5月31日は雨でした。6月1日金曜日は大船には戻らず、週末を彼女さんの部屋で過ごすと決めていたので、他の同期より先に荷造りをしました。
荷物は来たときの旅行鞄と初任給で買ったパソコンの箱に全部入るほど少なくて、あっさり片付いてしまった。ロフト付きのこの部屋には結構愛着があったのに、ただ自分の持ち物を広げていただけのような、それがそっくり剥がれてしまったような気がして、無性にさびしかった。
6月1日、品川勤務最後の日に
初めて部屋の写真を撮った。
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鍵をポストにいれて、バスに乗った。








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雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)2009/04/02(木)20:13

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自己弁護

kasen

Author:kasen
1984 11 生まれる。
2005 03 俳句を始める。
2006 01 炎環入会

好きな食べ物・ラーメン
好きな建物・図書館
好きなのは言葉。

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